人気ブログランキング |

タグ:まちのハナシ ( 111 ) タグの人気記事

トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物

トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_21022080.jpg



“オイシイカラブリア” を微力ながら伝えてきたけど?! この方を忘れてはいけません。
トロペーアの赤玉ねぎ〜Cipolla Rossa di Tropea Calabria I.G.P.

フェニキア人によってもたらされた赤い球根は、ちょっと細長いラグビー型で甘みが強いのが特長だ。また、赤色〜アントシアニンが豊富で栄養価も高く、既に中世ルネッサンス時代には、特産品として北アフリカなどに輸出されていたという。




トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_21161945.jpg



観光客向けだろうと、1歩入ると沼ってしまう危険をはらんだこんな店には、唐辛子と一緒に店頭を赤々と彩っている。

お〜っと、奥の女の子の服も偶然、赤だった。
カラブリアってホント「赤!」なイメージがあるよね(^^ゞ




トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_22314816.jpg



この店には、こんなカワイイ看板が掛かってましたv

イタリアからはご当地カラブリアから Cerasella がエントリー。サクランボのように小さくカワイイ姿の品種で、辛味が少なく、中に詰め物をしてオイル漬けになっている事が多い。そして日本からは…というより、今はほぼ中国産になるんだけど、Cerasellaより辛い天鷹唐辛子が選ばれていました。

と、話が逸れたが、さっそく赤玉ねぎを食べてみよう(๑•̀ㅂ•́)و✧




トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_13333393.jpg




海で泳いでたまんなくお腹が減ったので、早くから開いていた路地裏の小さなリストランテで夕食を取る事にした。旅行サイトなどで評判の店が開くのはもそっと遅いし、それまでお腹が持たなかったのだ。空腹だと(恐ろしく)機嫌が悪くなるので(!!)、世の平和のためにもココで食べることにする(笑)

風も通って気持イイから外の席でいただこう。
突き抜けて美味しかったワケじゃないけど、空腹腹には十分オイシかった。それで満足。シアワセです。




トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_21442091.jpg



赤玉ねぎのサラダ作って〜!ってお願いしたら、ヒジョ〜にシンプルなサラダが出てきた(これは自分用に取り分けた分)。今までも玉ねぎがお飾りのように入ったサラダを食べた事がある(と思う)が、こんなに玉ねぎを注視するのは初めてだ(笑)

淡路島の新玉(ネギ)は別として、普段口にする生玉は、どっかに「辛い」先入観があり、たとえ辛くなくてもさらした分、うま味も飛んじゃってる事ってない?でもこれはまんま甘ウマいのよ!

当時のメモを見ると…とても瑞々しく梨みたい…と、玉ねぎらしからぬ事が書いてあったが、実際、そんな感じ。これは辛味成分であるピルビン酸が従来の玉ねぎに比べ圧倒的に低いのと、繊維質も少ないためで、リンゴのように囓るジモティもいるという。う〜ん、梨のたとえは間違ってなかったのね!! ←そ〜なのか?(笑)




トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_20563994.jpg



熱を加えるとまた違うらしいので、フリットと一緒に揚げて〜♪と、上目使いで?!お願い(笑) もそっと玉ねぎスライスが厚かったらよかったんだけど、火が入ると甘みが一層際立つ。もっといろんなアレンジを食べてみればよかったと今は思うが、生と揚げ。たったコレだけでも違いがわかりました(//∇//)

世界中の星付きシェフも恋する、その名も “Regina Rossa〜赤い女王”
玉ねぎの概念を覆す味わいは一食の価値ありです(๑˃̵ᴗ˂̵)و
甘みを活かしたマーマレードもあり、お土産好適品になってるよ♪

あとはプッタネスカをいただき、ドルチェとカッフェで〆。どら、腹ごなしに夕陽を見に行こう♪




トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_12110402.jpg




そう…落日を拝むためにも、早めに食事を済ませたのだ。

うぉいうぉい!もぅ〜沈みかけてるよ〜。
それでもウットリ、キレイだね〜♪





トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_12174159.jpg



昨晩、ホテルの屋上から見た夕陽もたいへん美しく、多分見えたと思うんだけど気が付かなかった。ってか、ぶっちゃけ、見えるなんて知らなかったのだ(笑)

なんと!人生捨てたいほどツライ思いして登ったストロンボリ島が見えるんです(//∇//)
ビックリしちゃったが、ほぼ真西に約50キロの所にストロンボリ島があったのだ。

これはホントに嬉しかった。感動した!!!!
あのてっぺんに立ったのは約1年前だったので感慨もひとしおである(TOT)//
たとえアタシの心象風景だったとしても、なんなら頂上からたなびく噴煙も見えたほど。

死ぬかと思った登山だったが素晴らしい経験だったと思うし、それがこんな場所で再会できるなんて…。見えるの知らなくてよかった。旅の最後にでっかいプレゼントをもらったような気持になったよ。




トロペーア3. 真っ赤な玉ねぎと真っ赤な夕陽の贈り物_f0205783_12451183.jpg



そしてもぅ1つプレゼント?!が…。

夕陽に劣らぬ美しいワンシーンだったのです(^^ゞ

ありがとうトロペーア。






by 21giova | 2020-11-29 15:00 | ├ トロペーア | Comments(0)

トロペーア2. 本日はとことん海と付き合います!

トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_14575519.jpg



昨晩散歩したお陰で迷うことなく、夜とはガラリと様変わりした通りを歩いていくと…なになに?どぅしてそこに集まってるの?

ちょいとアタイも入れておくんなまし。
そうやって皆と同じように下をのぞきこむと……




トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_15005694.jpg




うぇ〜いっ!!!! 眼下に広がるずぅっけい(絶景) ビぃーチぃ〜〜〜!!!!

ランペドゥーザ島はボートが宙に浮かんでるように見える事で知られているけど、トロペーアも負けてないやん!だって浮いてるもん(≧▽≦)//

いやぁ〜ホントに浮いてるように見えるんだね〜と、感動してしまった♪♪ それも、これっくらい上から見ないとわからないものだ。そう…トロペーアの街は断崖絶壁の上にあったのだ。内陸から入ったので全然気付かなかったわ(^^ゞ





トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_15174142.jpg




反対側〜左手を見やると聖母を祀る Santuario di Santa Maria dell'Isola が建つ小さな岬がある。我々のホテルはこの向こう側にあり、その間もずっとビーチが続いている。

アドリア海側のマルケ州とアブルッツォ州の沿岸部は、惚れ惚れするような一直線ビーチになっているが、こちらは短い分適度な起伏があって、岩場を好む我々にも嬉しい作り?!になっている。




トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_15481907.jpg




こんな所に立つと愛のことばが1つや2つ出てくるのか。互いのイニシャルを書いて錠をかけるなんて、世界共通の儀式なんだと、微笑ましくなってくる。幸い数えるほどしか掛かっていないので、ほのかに丸みを帯びながら広がるティレニア海が錠で埋め尽くされることはない。景観を損ねない小さな奇跡があることにホッとするのであった。

旧市街のちょうど中心。時計付きの鐘楼を持つ貴族の館が目印の Piazza Ercole から海に向かって歩くとすぐ辿り着ける絶景バルコニー。トロペーアに来たらまず足を運んでみるべき場所なのかもしれない。




トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_20431131.jpg




ぐぅ〜んと引いて見るビーチの全景。

今だって結構人がいるが(前後ミッチリな縦列駐車の列よ!)これからもっともっと人が増え、白浜ビーチが見えぬほどパラソルと人で埋め尽くされる。だからオンシーズンの前に来るのは絶対なのです。お宿もまだ安いし…ね(^^ゞ さ〜アタイたちも海に入りに行こうぜ!!!





トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_21012170.jpg



これでどうだ?いや、もちょっと左だ。

オイちゃん2人、仲良くパラソルを調整中。オサレ柄からして、きっとジモティ。BARに行くみたいに毎日来てるんだろう。キレイに焼けた背中がそぅ語ってます。

これも自前風な手前の2つは、主を待って待機中。崖上から見たビーチよりずっと人が少ないホテル近くのビーチは、普段と変わらぬトロペーアの日常が転がってるみたいでとても気持がイイ。

でも…日陰がほとんどないのには困った。お天道さま。早く動いてこっちに影をプリーズ♪♪ そんな“祈り”も最初だけ。人って、目の前の快楽に溺れてしまうのだ。絶対。これが後の悲劇を生むことになる。。。。




トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_21061095.jpg



寝っ転がって焼いてるか、おしゃべりしてる人がほとんどで、海に入ってる「オトナ」って我々ぐらい( ̄o ̄) でもイイんです。こんなキレイな海に入らないなんて、かえって「罪」。

岩場をメインに潜ってみたけど、ココでもウニさんが手にとるように見えましたv でもちょっと濁ってたかなぁ〜。ああ〜これはあくまでも、信じられないくらい透明度が高かったシッラに比べると…な話で、じゅ〜ぶん!美しいと思います(๑˃̵ᴗ˂̵)و

それより…今日は移動もないし、ホテルもすぐそこ。良くも悪くも慌ただしく回ってきた旅の中で、ウソみたくなンにもしなくてイイ日。海と過ごす日。マストで持参するワインのピッチも自然とあがり(!!) ウトウト昼寝。ジモティ並みにゆったりできましたv



トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_21522057.gif



そんな海から上がってホテルに戻り、シャワーを浴びた時のこと。お連れサマが何やら悲痛な顔して出てきた。

これさ〜ど〜しよう??
どれどれ、指差す方を見ると………!!!(≧▽≦)!!!

昼寝の時にかけていたバスタオルの所だけ抜けて焼けているではないか!!! イラストは、まぁ〜ちょっと誇張してるけど、肉眼でもわかる2色モナカ状態で、正面から見たら罰ゲーム的な大笑い(≧▽≦)// これって悲劇じゃなく「喜劇」だわ(笑)

かろうじて上半身の日陰は確保したものの、おみ足はあまりにも無防備だったんだね(>_<) にしても、側面までキレ〜に日焼けてるって、トロペーアの太陽恐るべし!(違!!)

アタシたちだって「妙齢のレディ」ですから日焼け止めは塗ります、一応。でも、海に入ったり出たりしてると、追い塗りするのを完全に忘れちゃう。今頃あまりにも遅い教訓だけど、明日からは1日3回塗り直そうと、笑いながら誓ったのでありました(^^ゞ




トロペーア2.  本日はとことん海と付き合います!_f0205783_21383597.jpg


〈オマケ〉
海に入らず、行ったり来たりの波打ち際パッセジャータ。これ、どの海でも必ず絶対見かける、イタリア的あるある光景の1つだと思ってマス(笑)






by 21giova | 2020-10-21 22:00 | ├ トロペーア | Comments(0)

レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど

レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_11265080.jpg




カラブリア州最大の人口を誇る大都市、レッジョ・(ディ)・カラブリア〜 Reggio di Calabria にやってきました。

都会だとクルマは返って不便だし、絶対!走りたくない。だから様子を見て近郊の小さな町に泊まろうと、この日のホテルは決めずにいた。しかしボーヴァにペンテダッティロと、炎天下の散策でくたびれちゃって結局、探しやすいレッジョ・カラブリアに泊まる事にしたのだ。

いつもは事前に全てのお宿を予約しておくンだけど、スマホでピポパ♪で予約できるなんて、なんて便利な世の中になったンだろう!(笑) いや、だからですね、寝るだけ。観光(と言えるのか?!) ホテルの周囲、2〜3キロのお話なのでご了承くださいマセ。 (ごめん!レッジョ!)




レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_11580970.jpg

お月さまを探せ!!!



マストな条件。駐車場ありきで探したホテルは偶然イイ場所をチョイスしていたようで、プラプラ歩いていくと、ほどなくPasseggiata(散歩)を楽しむジモティで溢れる遊歩道に行き着いた。

これがレッジョ・カラブリアで最も有名な通り。アブルッツオ出身の詩人ダンヌンツィオが Il più bel chilometro d'Italia〜イタリアで最も美しい1キロ(実際は1.7キロ)と誉めた讃えた Lungomare Falcomatà であった。

車道と同じくらい広い遊歩道はとっても気持がよく、ドォーモを見なくてもいいから(!!)海岸線までは絶対出てみよう!と足を運んだのは大正解であった。なぜなら…




レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_12100945.jpg




以前はメッシーナからカラブリアを望んだ。
今回は反対。カラブリアからシチリア島を望みたかったからだ。

対岸の町はメッシーナよりちょいと南。その距離わずか10キロちょっと…という数値より、メッシーナから見た時よりずっとずっと近く感じる!ド正面に沈む夕日が、シチリア島の東端を通り越していると思うと、信じられないほどである。





レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_12271213.jpg




海峡越し。時に近く、時に遠いシチリア島をほぼ平行に映す遊歩道は、この街を訪れた者だけじゃく、この街に生を受けた者が必ず歩く、ジモティにとって特別な場所なんじゃないだろうか。

数多の恋人たちや若者たちが愛や夢を語り、数多の老夫婦や子連れの家族が過去や未来を語りながら歩いてきたのだろう。そして、ヤナ事やツライ事はメッシーナ海峡に流してしまうのだ。きっと。

水面を見つめながら話し込む2人の背中を見て、ふとそぅ思ったのでありました。





レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_21002797.jpg




振り返るとほら、シチリア島が見える。
なんか…いいね〜♪
これだけでも、アテクシ、満足デス(^^ゞ
どれどれ、夕食の店でも探してみよう。

碁盤目に整然と通りが区切られているレッジョ・カラブリア。歩いていると気付きにくいが、神戸のように山手に向かって坂が続いており、市内に坂道用のムービングウォークが6ヶ所設けられている。




レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_21060004.jpg




こんなんが急に出現するからビックリしちゃった!と、都会だぜぇ〜!

あんまり急に見えないけど、6ヶ所の平均勾配は11%で、最も急な所は約14%あるそうだ。って言われてもピンとこないからGoogle先生に聞いてみました(笑)

〈解説〉11%勾配 = 水平に100m進んだ時に11m上がること。11mはマンション約3.5階分。なるほど。そぅ考えると、結構な急坂なんであります。

*ここにすっか!と入ったピッツェリアがあんましイケてなくて写真もありません( ̄o ̄) 多分コロナの影響もあると思うけど、今見ると「閉店」しておりました。。。





レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_21220796.jpg




そんな地形も夜景を見下ろすのには好都合で、漁火のように儚い対岸の町灯りが、チラチラと揺れている (写真はブレブレ〜だけどさ)

右から左へ。左から右へ。
一直線に続く光の帯は、まるで滑走路の誘導灯のように、シチリアの海岸線を縁取り、照らしていたのでありました。




レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_21433697.jpg



最後に1つだけでも観光情報らしきモノをば…(^^ゞ

これもステキな偶然で、ホテルの近くに州が認定した公式のベルガモット専門店があったのだ♪産地といえどボーヴァにはこ〜ゆ〜店がなかったので大喜び!コンフェットゥーラや石けん、エッセンシャルオイルなどを(↑) 喜々として買い込んだのは言うまでもありません(//∇//)

当時は通りに埋没してもおかしくないほど小さな店舗だったが、2018年7月。場所も改め、昔の抽出器具や資料も展示された Museo Nazionale del Bergamotto (FB)として生まれ変わったようだ。口コミの評価も良く、海岸線から100mほど入った所で場所も悪くない。ベルガモットの歴史や背景を知りたい方は足を運んでみるとよいでしょう。内部の様子(写真)はコチラを参考に。もちろん製品も購入できます。

*ちょっと気になるのはFBにも電話番号が載ってるくらいで、事前にガイドツアー(3€) を申し込まないといけない?みたい。多分。ここは確認してください。




レッジョ・カラブリア 対岸に広がるシチリア島を見ただけ…だけど_f0205783_21033361.jpg




こんな写真しかないが、お部屋もサロンも赤で統一されていたお宿〜LH Hotel Lido は今もちゃんとありました (๑˃̵ᴗ˂̵)و ホッ♪

市内では貴重な専用駐車場があり(要確認) 海岸沿いの遊歩道や目抜き通り〜ガリバルディ通りもじゅ〜ぶん徒歩圏内。レッジョのアイコンとして用いられる古代ギリシャの有名な像〜リアーチェのブロンズ像があるマーニャ・グレーチャ国立博物館 (残念ながら改装中で休館だった)や、トリップアドバイザーで当時は4位。今は1位のGelateria Cesare は徒歩5分と、立地はかなり良いと思います。

空いてるからと広い部屋を用意してくれ快適に過ごしたホテルはしかし、ちょっとした事件も……。そのお陰で?!件のジェラッテリアに2回行った(行けた)というお話はまた後で…ね(^^ゞ





by 21giova | 2020-08-17 22:00 | ├ レッジョ・ディ・カラブリア | Comments(0)

ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村

ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_14373884.jpg




雲ひとつない青空の中に奇っ怪な姿をさらす岩山と、そこに同化してしまった家々。手を変え品を変え(?!)幾度も現れるカラブリアの絶景にはホントビックリさせられる。一体どんだけアタシを驚かせたら気が済むね〜んっ?! って。

ボーヴァと同じように、イタリア統一前までギリシャ語圏の独立したコミューンだったペンテダッティロ〜Pentedattilo. 舌を噛みそなその名はギリシャ語で「5本の指〜ペンタダクティロス 」を意味する。それがグレカニコ(移民のギリシャ語とカラブリア方言のMIX)に変換されて、数字の5〜Pente + 指〜dattilo = Pentedattilo になったという。

ギリシャ語でもグレカニコでも「5本の指」という意味には間違いない。
それもそのはず。その昔、尖塔のような岩が何本も立っており、さながら雲を掴まんとする巨人の指のようだったからだ。






ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_15265137.jpg




まるで南イタリアのカッパドキア?! ペンテダッティロの奇景は芸術家たちのインスピレーションを大いにくすぐったのだろう。全然知らないけど(笑) 英国人の画家、エドワード・リア(上) の絵なんて、まさしく「手」!! 想像だとしてもこんな姿だったのかな〜と思うと、まるで秘境の聖地のようではないか。

下は知ってる人も多いはず。だまし絵で有名なMC・エッシャーだ。1930年頃、実際にこの地を訪れた彼は、ペンテダッティロの風景を何枚も描いている。当時はココまで来るのは大変だったはず。しかし、そうまでしても己の目で見たかったんだよね。そらムリもない。アタシだってこの姿を知った時は、行かねばならぬ〜っ!!って思ったもん(^^ゞ





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_21144446.jpg




今にも傾き崩れてしまいそうな巨岩もそのまま。
90年前のエッシャーの絵と、驚くほど同じ姿を留めるペンテダッティロ。

なぜなら、時が止まっているから。
なぜなら、人の営みがないから。





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_21224259.jpg





今まで何度か書いてきたように、カラブリアを襲った2度の大地震と自然浸食によって、もろい砂岩でできた巨人の指は、手を閉じるように欠けていく。

そのうち大崩落の危険性も出てきたため、1960年、州はついに住民に撤退命令を出す。以来ココは廃村になってしまったのだ。





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_15052768.jpg




人々が村を去って約60年。

それが長いのか短いのかわからないが、目眩がしそうなほど強烈な陽射しの元では、ゴーストタウンな悲壮感はあまり感じられない。

むしろ、よくできたオブジェのような村人たちの置き土産を探検してみたくなるような、カラッとした荒涼感が漂っている。





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_20365160.jpg




ね、こ〜ゆ〜所なんて、ジモティが子どもの頃、1度は行ったことあるんじゃないかな〜。
アタシだったら絶対秘密基地作りに来たと思う。親に止められても…さ。

で、その子が親になって自分の子どもに同じ事言うの。
危ないから行っちゃダメ!って…ね(笑)
妄想半分だとしても、いかにもありそうな話で、1人、クスクス笑ってしまった(^^ゞ





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_20232722.jpg




だからといって、そんなサンダルで、そんな所に立たないでぇええ〜〜〜!!!!!
とは、エエ歳して無謀な事しまくるお連れサマ。

アタシも高所は平気です。むしろ好き♪
でも…こんな自然の、足場の悪い所は本能的にコワイ。ってかさ〜、子どもちゃうねんからやめて欲しいデス。心から。。。。( ̄o ̄)

*端っこ行く時は、足元に十分注意してください。こんな所で脳天カチ割ったら(おいおい!!)、病院行くまで「1日」かかるので。





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_14120062.jpg




周囲がスカーンと拓けているので、標高約250mでも眺めはよい。

ほぅら、イオニア海の水平線も見えるよ♪





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_21231715.jpg




撤退命令が出ても、なるべく近くに留まりたいと思った人たちも多かったようだ。

万が一、大崩落が起こったら、その距離ってどうなん?と思うほど。
わずか500mほど南に小さな集落もある。




ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_13455075.jpg




廃村といっても、有志により手入れされている教会〜Chiesa dei Santi Pietro e Paolo(FB)があり、廃墟ツアーというか、アタシたちのような観光客も増え、土産物屋や軽食を提供する店もポチポチできはじめた。だからか、教会周辺は比較的キレイに整っている。

また、世界中から関係者が集まる短編映画祭〜Pentedattilo International Short Film Festival が毎夏開催されるなど(今年はムリだな〜(TOT) 特異なシチュエーションを活かした観光事業にも着手。無人の廃村から人々の息吹が通う新しい第2章へと、徐々にその顔を変えつつある。





ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_15273359.jpg




暑くてアテクシがダウンしてる間に行方不明になっていた友人は、いつの間にか教会の鐘楼に登っていた。元気やな〜キミ(笑) そう、ここなら安心して遠景を臨めます。

さてこの教会には伯爵だったアルベルティ家の墓があり、いはくつきの血生臭い史実がある。前回長々とベルガモット談義をしたので今回は短く…って思ってたんだけど、あ〜コレは!というネタを知ってしまうと書き残しておきたくなるので、も1回、我慢して読んでください(^^ゞ

同じくペンテダッティロの名家だったアベナヴォリ家は、領地問題で長年揉めてるアルベルティ家と犬猿の仲だった(キ〜ッ、似たよな名前でややこしいわい!!) しかし、アベナヴォリ家がアルベルティ家の娘、アントニエッタをめとる事になり、両家の確執も収まると思われていた。

ところが思わぬ横恋慕が入る。アントニエッタの兄とナポリ総督の娘が結婚することになり、その家族がペンテダッティロにやって来た時のこと。体調を崩しペンテダッティロに長逗留することになった総督の息子が、アントニエッタに熱烈フォーリンラブしてしまったのだ。

彼の家柄に揺らいだのか、当主となっていたアントニエッタの兄ロレンツォは2人の結婚を許してしまう。これに激怒したのは彼女と結婚するはずだったベルナルディーノ・アベナヴォリ。彼の怒りはもっともだが、オジサンと政略結婚するより異国の若者に惹かれてしまう。映画やドラマのようにわかりやすくベタな展開である。しかしこの後がまずかった。ヒジョ〜にまずかった。




ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_14512117.jpg




そうでなくても仲が悪かった両家の黒歴史が再燃。家名と己のメンツを潰されたベルナルディーノは、武装隊を率いてアルベルティ家を襲撃する。問題の2人は総督に対する人質とし、アルベルティ家の人間のほとんどを、幼子まで無残に虐殺。特にロレンツォにはライフル2発を撃ちこんだ上に「14回」も刺しに刺した。

アルベルティ家に息子と娘がいる総督も黙ってない。首謀者のベルナルディーノは取り逃がしたものの、軍を派遣して下手人の首をペンテダッティロ城の城壁にさらしたという。

16世紀後半に起こったこの出来事は「La tragedia di Pentedattilo〜ペンテダッティロの悲劇」という小説になったほど耳目を集め、冬の北風がたてる音はロレンツォの悲鳴で、ペンテダッティロの5本の指は、血に染まったベルナルディーノのソレであるという言い伝えと共に、アルベルティ家虐殺の物語は以後、長く語り継がれる事となる。

惨劇の場が今は廃村と化してる事に時の流れの無情さを思うが、こ〜ゆ〜事があったんですね。つたない収集力なので多分、多分ですよ、内容合ってると思うけど(!!) Wikiにも詳しい記述があるので参照してみてください。




ペンテダッティロ 悲劇を背負い廃墟と化した奇岩の村_f0205783_19104594.jpg




そっか〜。知ってる人からすると不吉な5本指なのかもしれないね。
→ ええ、ハイ。いつものように(!!)後で知ったのでありマス(^^ゞ

事前に知っていたら少しは見る目が違ったかもしれないけど、年老いた巨人の掌(たなごころ)に護られているように見えたペンテダッティロ。でも…それはそれでよいのだろう、きっと。

史実は史実として、時は過ぎ、人々の思いは散り散りに舞う。
確かな事はただ1つ。それは…天地の怒りに触れない限り岩山が今日もそこにあり、明日もそこにあるということだ。少なくともアタシにとってペンテダッティロは、とても美しい所であったことも。





by 21giova | 2020-07-13 21:00 | ├ ペンテダッティロ | Comments(0)

ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い

ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い_f0205783_21115657.jpg




わ"〜!! またえ〜らい所に町があるな〜!!!
あそこまで行くんですね?! ええ。がんばりましょう(๑•̀ㅂ•́)و✧
と、向かったのは、ブーツ型なイタリア半島のくすり指?! 辺りにあるボーヴァ〜Bovaである。

1番近い町、海水浴客で賑わうボーヴァ・マリーナから約11キロ。背後にはカラブリアンアルプスと言われる山塊を持つアスプロモンテ国立公園〜Parco nazionale dell'Aspromonte が広がり、陸の孤島といった感のあるボーヴァ。

クネクネ登っていく道は今まで立ち寄った町へのアプローチと変わらなかったが、道が狭い、カーブがキツイ!と難易度MAX。タンクローリーとこんにちは!した時なぞ、なんでこんなとこ走ってンね〜ん!(お前もや〜っ!!(笑) と毒づきながら回避しなければならなかった(^^ゞ





ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い_f0205783_20511269.jpg




その代わり…標高約900m、町からの眺めは最高だ!!
ヤッホ〜ハレルヤ♪ 空と海が溶け合う青の、なんと美しいことよ(//∇//)

一応あるらしいボーヴァ・マリーナからのバスにしろレンタカーにしろ、ココに立つのはボーヴァまで来たご褒美。伊国の海を伴う風景はどこで見てもキレイだけど、南の青は格別だと思うのであった。





ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い_f0205783_10462469.jpg




胸いっぱい青を吸い込み、歩を進めていくと…おやっ?と、ナゾ文字発見。
1番下はイタ語ですよね?でも…その上2つって?!
まるでチヴィタみたいな2ヶ国、いや、3カ国語表記。

こたえ(上から)=ギリシャ語 ギリシャ語+カラブリア方言のグレカニコ イタリア語…デス
ギリシャ語?グレカニコってなに(@▽@)??

それは…その昔、ギリシャからの移民がこの辺りに多く住んでいたからだ。そのうち、ギリシャ文化の中心地として発展していったボーヴァで、移民たちのギリシャ語とカラブリアの方言がMIXされた独自の言語が生まれた。それがグレカニコ(Grecanico)なのだ。

時を経てイタリア語が公用語になっても、土地柄、かろうじて生き残ったグレカニコは、この地域のみで使われる絶滅危惧種の希少言語として研究者も注目。今では住民たちも自分たちの言葉=アイデンティティーに誇りを持って、伝え残そうとしている。3言語の標識はその現れの1つなのだ。





ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い_f0205783_14180928.jpg




Bova は Vùa になっちゃうんだね〜。
コレはボーヴァ出身の詩人、Napoleone Vitale の詩であるが、1行目はイタ語として読めるのに、次からドロンと変化しちゃうグレカニコ。試しに1節分をGoogle翻訳にかけてみると「コルシカ語」で意味が通った(笑)

コルシカ語とギリシャ語って親戚?また、グレカニコはクレタとキプロスの方言と、とてもよく似ているという。う〜む。ますますわからんナゾ言語、グレカニコ。凡人以下のアテクシの手に負えないので、コルシカ、クレタ、キプロス、どれも全て「島」ってことで納めて?!強制終了しようと思う(おいお〜い!!)

惜しむらくは、グレカニコを耳にする機会がなかったこと。読むのと聞くのとは全然違うと思うから、BARのシニョーラに聞いてみればよかったな。うん。





ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い_f0205783_21123651.jpg




ってのも、全く人がいなかったの。出会った人といえば、2軒寄ったBARの人たちと花壇の中に飛びこみ、花を踏み散らかして去っていったこの子だけ。

そらムリもない。すっご〜く暑か…いや、「熱かった」から。短い影は墨を吐いたように黒く、石畳からの反射は、下方45度から繰り出されるもはや殺人光(TOT)// そんな時間に外を出歩くPazzo なジモティは皆無。我々も暑さで食欲が失せちゃったわい。





ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い_f0205783_14202521.jpg




少ない影を求めてジグザク歩いている中、3言語標識と同じく仰天するよな“ブツ”発見!
駅も鉄道もない山の上に、なして…機関車〜?!
笑っちゃうほど場違い。なんじゃこりゃあ〜。

でもね…ホントの所、笑い話ではなかったようだ。

現在、沿岸部に沿って走っている鉄道を引くにあたり、仕事を求めて大勢の人が山を降りた。何ヶ月も「山の下」で働いた人たちの1部分は、ボーヴァより遙かに賑やかで便利な下の町に留まる事を選び、鉄道が通った事により、より遠くの都会へ行く人も増えた。結果、ボーヴァの人口がどんどん減っていったのだ。

主要産業もないボーヴァの、そして貧しかった南イタリアのこと。家族のために、生きるために、新天地を求めた事は責められないが、この機関車は、鉄道という文明の利器によって町を去ったボヴェージ(Bovesi/ボーヴァの人)を象徴しているのだという。





ボーヴァ1. 希少言語グレカニコと山頂の機関車にこめられた思い_f0205783_13323259.jpg



当時走っていたこの機関車。長さ約20m。総重量60トンもある。
それをだ。アテクシも四苦八苦しながら登ってきた「あの道」を使って、ここまで運び上げたのだ。時にトレーラーが曲がりきれないヘアピンカーブを重機で削り広げてまで。

鉄道敷設に貢献したボヴェージの記念碑だという記事もあり、どっちが本当かわからない。けど…「去ってしまった説」に心が動く。そしてつい、感傷的に妄想してしまうのだ。多大な時間と労力を要してまで運びたかったもの。それは、散り散りになってしまったボーヴァの心だったのかもしれない…と。





by 21giova | 2020-04-30 23:00 | ├ ボーヴァ | Comments(0)

ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く

ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_14085688.jpg



今日もイイ天気、暑くなりそうだ。

一夜明け、景色は一変。
石畳の町角には花屋がよく似合う。

オレンジ色の街灯に照らされた夜の風情もよかったけど、
お日さまの下で輝く色とりどりの原色を見ると、こぅ〜元気が出るよね。

したらば、今度は朝の町歩きに出かけてみようv




ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_14062960.jpg




約50キロに渡る海岸線を見通せる高台に位置するジェラーチェは、S・セヴェリーナと同じように要塞を兼ねた町として発展。現在は4つしか残っていないけど、最盛期には市中にグルリと12個の大門があった。

そのうち現存する “司教の門”と仲良くくっついてるのが、ジェラーチェのドゥオーモ だ。この写真じゃあんまりわかんないけど、奥にず〜〜〜っと広く、 ロマネスク様式の教会としては南イタリア最大規模を誇るほどデカイ。

周囲3キロに満たない小さな町に、なぜにこんな立派な教会があるかというと、要塞都市だった事とカラブリア初の司教区になったことが大きい。それに伴い司教や貴族の館の他に、どんどこ建ち並んだ教会や修道院が一時は100をも超え、“聖なる町” または “100の教会の町” と呼ばれるようになった。




ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_16345779.jpg



こぅ〜してカラブリア東部で最も重要かつ繁栄した町となったジェラーチェだが、カラブリア南部を襲った大地震やその他モロモロの要因を受け、いつしかお決まりのように下降線を辿っていく。しかし、年代も様式も異なるさまざまな教会が点在していること(現在は100もないけどね)、保存状態のよい中世の町並みが人々を惹きつけ、I borghi più belli d'ItaliaLe Bandiere arancioni に選ばれている。

標識と十字架に気付かなければ、そのうち屋根がお花畑になるんじゃないかと思った建物が実は15世紀の教会だったり(!!) 見る人が見ればたまらない情景が広がっているのだ。古い情報だけど2015年に実施されたイタリアの最も美しい村BEST20 では、ジェーラチェは見事7位!に選出されていマスv





ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_21193619.jpg




とはいうものの、当時はそんなスゲ〜所とはつゆ知らず……(^^ゞ

あ〜今日は人が歩いてる♪と、
ジャケットにハンチングなダンディ爺さまの後姿にウットリしたり……





ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_21130434.jpg




ほらほら、ワンコがいるよ!! え?どこに?

・・・・・・・!!!・・・・・・・

おめぇ〜はカメレオン犬か〜いっ!! というひと幕に笑ったり、





ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_21261678.jpg




薄皮饅頭の皮のようなこの壁は一体???
そいでもってなぜに丸窓???

と、ジェラーチェを訪れる人のお目当てであろう教会巡りが、片手…いや、両手落ちだったのは否めないが( ̄o ̄) この教会には心打たれました。





ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_21324148.jpg




Piazza Tre Chiese という名の通り、3つの教会が並ぶ広場の中央。両側を立派な教会に挟まれ、ポッチリ建っている Chiesetta di San Giovannelloだ。ChiesaではなくChiesetta。小さな小さな教会である。あまりにチビッコなので、失礼ながら何かの倉庫跡かと思ってしまったほど。

大きさは多分カットーリカとほぼ同じ。すてきデコレーションに目を奪われ錯覚しちゃうが、カットリーカもたいへんキュートなサイズなのである。そして、建立時期も同じ10世紀。元はギリシャ正教会ってのも同じだ。

しかし、決定的に違う。違うのよ〜!!!
なんでしょ、この素朴さ。壮麗なカットーリカは畏敬の目で眺めたけど、こちらはキュッと抱きしめたくなるほど愛おしい。





ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_22011712.jpg




実は昨晩の夜散歩で出会っており、もう1度拝みたくて再度足を運んでみたのだ。
何もかもさらけだす陽光の下ではどことなく気恥ずかしそうで、偶然出くわした「夜の顔」の方が俄然雰囲気がよかった。

縦タテ、横ヨコ、丸窓アーチ。
闇の中に佇むシンプル極まりない姿は、静謐な石庭のようにステキだったからだ。

ジェラーチェには他にも見るべき教会がたくさんあるだろう。でも、このチビッコに出会えただけでアタシは満足。遠く異国の小さな町で、1つでもお気に入りに出会えたら、それはそれでとっても幸せな事だと思うから。





ジェラーチェ3. Città delle 100 chiese〜100の教会の町を歩く_f0205783_15444749.jpg




町の東側を守る太陽の門〜Porta del sole.
お日さま正面。海も正面。どっちもキラキラ、ギラギラ。
光の中にダイヴするように狭い門の間をよっこらせ〜と通って、ジェラーチェを後に次の町へ向かいます。

174.png Informazioni
Città di Gerace  観光情報
Il Borgo Incantato 毎夏ジェラーチェで開催される国際的なストリートアート祭





by 21giova | 2020-03-20 23:27 | ├ ジェラーチェ | Comments(0)

ジェラーチェ2. あったか料理と静かな夜

ジェラーチェ2.  あったか料理と静かな夜_f0205783_21434900.jpg




ワインと惣菜を買い込んでステキ@小テラスで食事をするのも魅力的。
でも…町歩きも兼ねて外に食べにいく事にした。

ジェラーチェは小さな町だ。どこにしようかと迷うほど店がない。ってか、ない。
住民の憩いの場であろうTocco広場にさえBARが1軒あるだけでちょっと心配しちゃったが、ほどなく感じのよさげな店を発見した。

“Il Brillo Parlante”って、酔っ払っておしゃべりしようぜ!ってな意味だろうか。
いいじゃないか、いいじゃないか!! (井之頭五郎風に…笑)




ジェラーチェ2.  あったか料理と静かな夜_f0205783_21223626.jpg




席に着くとメニューを吟味する間もなく、今日のオススメは…と、少年のような店員がペランペランと説明しだした。が…早口なうえに訛り?も入って何言ってんだかわかんない( ̄o ̄)

でも…無愛想ながら棒立ちで一生懸命伝えようとする姿が好ましくて、オウケイオウケイ!じゃあ〜君のオススメでよいよ、任せるよ♪って。これは母性本能がくすぐられたせい。多分…(おいおい!!)





ジェラーチェ2.  あったか料理と静かな夜_f0205783_22042655.jpg




運ばれてきたのは、そうそう、こ〜ゆ〜のが食べたかったのよ♪な、ナイスなお皿たち。いろいろちゃんとピッカンテで、ワインもスルスルすすむ君(//∇//)

ともすれば家庭料理の延長のような素朴さだったけど、1日の〆は肩肘張らないこんな料理がイイ。基本アタシは、リネンのクロスに気を使うより、コットンクロスにワインの染みをつけれる店の方が好きなのだ。それはつまり…毎日通いたくなる家庭的な味と店、なんだよね。

食後のカッフェを飲む頃には、笑顔も浮かべてた彼。
気持良く酔えてお腹もいっぱいになったよ、ありがとう、ご馳走さま!!!





ジェラーチェ2.  あったか料理と静かな夜_f0205783_21140081.jpg




気持のよい夜だから、プラプラ歩きながらお宿に戻ろう。

まだ?! 10時過ぎ。初夏のイタリアなら、宵の口と言っていいだろう。
なのに…犬を散歩させる人も、ふいに目の前を横切る猫もいない。
皿を重ねる音も、漏れ聞こえそうなTVの音も聞こえない。

まるで町全体が息をひそめてアタシたちを見ているかのよう。





ジェラーチェ2.  あったか料理と静かな夜_f0205783_22230318.jpg




むしろ東洋人に出くわしたジモティの方がビックリするだろうという人っ子ひとりいない通りは、大きな街なら歩けない、歩かないところだが、ポツポツと続く街灯が、心配ないよと頭上を照らしてくれる。

ぶっちゃけ迷いかけてたけど(!!) ほぅら、広場に出た♪





ジェラーチェ2.  あったか料理と静かな夜_f0205783_22185190.jpg




マリアさま こんばんは!
とっても静かな夜ですね。

ええ、はい。帰り道、わかります、多分。
ええ、はい。明日また来ますね。

おやすみなさい 夜のジェラーチェ。





by 21giova | 2020-02-09 23:20 | ├ ジェラーチェ | Comments(0)

スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる

スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる_f0205783_20351561.jpg




カットリーカも見たことだし、ちょいと町を歩いてみましょう。

お天道サマがてっぺんまで登り、昼食をたっぷり詰め込んだ胃袋と脳ミソが、満足げに瞼を閉じようとする、町がいちばんまどろむ午後過ぎ。昼食前にも仲良くだべってたのに違いないオヤジたちが、食後もやっぱりワラワラ集まってる(笑) たとえ誰かがコックリ船を漕いでいても、おしゃべりとカードを繰る手は止まらないのだ。

でもって、そ〜ゆ〜とこを隠し撮りするイケナイアタシなのであった(^^ゞ





スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる_f0205783_21510104.jpg




あんな場所に建っているカットーリカが今も現存しているのはイッツァミラコ〜!!と前述したが、それは1783年1908年に大地震があったから。特に1783年の被害は甚大で、20近くあった町の教会のほとんどが倒壊してしまった。

この Duomo di Stilo も地震後に再建されたものの、2度目の大地震に襲われた時、これは体裁を繕っているバヤイではない!と、11世紀に起源を持つ町で1番歴史がある教会を護るために、優雅な入口だけを残して全体をすっぽり壁で覆ってしまった。この写真じゃあ〜よくわかんないけど “塗り込められた” 箱状になっていて、ある意味必見なんです。




スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる_f0205783_23020888.jpg




もぅ1つ“必見” ⁈なのがコレ。
入口横に生えてたコレ。
無言で2度見してしまったコレ。
“足” ですね〜コレ
なんですのぉお〜〜コレ?!

近くにいた小さな女の子に「コレなぁに?」と聞いてみると、脱兎の如く逃げられ、普段は子どもウケのよいアテクシ、3ミクロンほど傷ついたけど(笑) 信者が破壊した異教の神の残りモノ。または異教に勝利した象徴物…など、諸説あるようだ。

それでも世の中、気になる人はいるようで、残された唯一の手が掛かり〜履き物に注目した人がいた(笑) 古代ギリシャの時代から、身分や用途によって数種類の履き物があったが、こちらは丈夫で長距離の移動に適した男女兼用のkrepidoi というサンダルの一種らしい。だから、踝から上がどんな人物であれ“杖と振り分け荷物”持った旅人スタイルだったかもしれない。

もし“真実”を知りたなら、BARに集う長老を捕まえて話を聞くといい。真偽はどうであれ、必ずやオモロイハナシを聞かせてくれることだろう。





スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる_f0205783_21035327.jpg




おぉ〜っと!!! ココでもオールドチンク発見(//∇//)
今でも動くの?ノンノン、そんなこたぁ〜ど〜でもイイ。出会えただけで目ン玉ハート♪
南部での遭遇率は北より遙かに高い気がします。

で、多分地震のせいだと思うけど、城門(Porta Reale) が崩れ落ちちゃってる。これはコレで絵になる風景だが、他の通りの城門は修復再現されているので、ココもそのうち手が入ることだろう。なんといっても16世紀の遺跡なのだから。




スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる_f0205783_20463400.jpg




同じ通りを下っていくと、アラブとビザンチンの同盟を意味した2匹のイルカの噴水があり、狭い道から視界が広がってきたな〜と思うと、正面にS・フランチェスコ教会が見えてくる。

ここにはスティーロが生んだルネサンス時代の代表的な哲学者トマソ・カンパネッラの像がある。難しそうで読む気にもならないけど(笑) 代表的な著作『太陽の都』は岩波文庫から出版されているので(さすが岩波!!(違)、興味のある方は…どうぞ(^^ゞ




スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる_f0205783_14235440.jpg




度重なる震災にもめげず、カットリーカに近い山裾に居を構え続けた先人たち。そこは今、迷路のように小径が延びる旧市街になっている。

そ〜ゆ〜所を気ままに歩くのが大好きで、町の西側まで行けなかったんだけど、ま、それもイイんじゃない?! チンクだけじゃない、絵になる光景もいっぱい転がってるし…ね。






スティーロ2. ブラブラ旧市街を歩いてみる_f0205783_20494692.jpg



最後に…背後に迫るコンソリーノ山の麓を囲むように、スティーロを含め3つの町が点在している。そのうち山を挟んで北にあるBivongi〜ビヴォンジは、かな〜り感じが良い町だ。昨今注目されている散在型宿泊施設〜アルベルゴ・ ディフーゾ(Albergo Diffuso)も取り入れているので1泊するのもよいと思うし、スティーロとセットで訪れてもイイと思う。くぅ〜!知ってたら泊まってたのになぁ〜。 ←例によって後で知ったのである(>_<)//







by 21giova | 2019-12-10 23:44 | ├ スティーロ | Comments(0)

スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ

スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ_f0205783_12282280.jpg




海上に浮かぶ城から一転。
ちょいと山側に登ってやってきたのは“イタリアの最も美しい村” Stilo〜スティーロ

山といっても海から数キロほど。上へ上へとあがるにつれ水平線が顔を出し、よそ見運転するのに忙しい(笑)




スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ_f0205783_13004289.jpg



ドライブの途中でよく見かける、通りかかるような町は、人口3千人ほど。それでも我々のようなビジターが絶えず足を止め、訪れるのは、単に “美しい村”だから…だけではない。

破壊と略奪をよしとする侵略者でさえ、その佇まいに魅了され手をかけなかったという、奇跡のように美しい教会〜 Cattolica〜カットーリカ があるからだ。





スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ_f0205783_13513945.jpg




車を停め、テクテク歩いていくと……
うぅうむ!!!いやはや、これはね〜、こんなの見たことないわ〜(//∇//)

どこか拙いのに温かみを持つ煉瓦積み。幾何学風の意匠は明らかに東の風を運んでおり、ラヴェンナのソレを思い出したほど。5本並ぶ特徴的なドームの下に9つの正方形部屋が並ぶギリシャ十字形のプランは、すなわち、典型的な(中期)ビザンチン様式になっている。

サンタ・セヴェリーナにも年期の入った“ビザンチン様式”が幾つかあったが、カットーリカは、文句のつけようがないほど完璧なスタイルだ。10世紀建立という歴史も含め、たいへん貴重な宗教遺跡として、2015年のミラノEXPOでは州を代表する教会として紹介。今や世界遺産候補にもなっている。もし実現すればカラブリア州初の、そして待望の世界遺産となることだろう。

アタシたちが行った時は内部は撮影禁止だったのでwikiの写真をお借りして





スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ_f0205783_13515185.jpg




残念ながら写ってないけど、中央を支える大理石の支柱が4本建っていて、1本は逆さまコリント式が(本来は意匠がある方が上なのに下になっている!)、もぅ1本はドーリア式の柱が使われている。

当初はイスラムの礼拝堂として使われていたこと。どこぞのローマ遺跡からかっぱらってきたことから(!!) 様式なんぞ気にしなかったのかもしれない。それか、シマッタ!間違えたとか…ね(笑) なんにせよ、かなり珍しい事だと思う。

オマケにこんな言い伝えもあるという。
男手数人は必要な柱を、1人1本。4人の若い村娘が、道中、歌い踊りながら運んできたという。伝説は、ロマンとファンタジーがとことんあった方がいい。逆さま柱と共に、想像しながら見るとオモシロイかもしれない(๑˃̵ᴗ˂̵)و





スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ_f0205783_13521363.jpg




内部にはところどころに色鮮やかなフレスコ画が遺っている。これが創建当時のように、全ての面が壁画と装飾で覆われていたら、決して広くないこの空間で、息苦しいまでの“美圧”を受けるだろう。朽ち方と遺り方がアタシ的にはちょうどよくって、敬虔でありながら、安心して身を任せられる心地よい雰囲気を醸し出している。

調査によると、イスラムの礼拝堂からキリスト教会へと移っていく際に、4回ほど描き直されているそうだ。それでも“ハコ”には手を加えなかった先人たちの良識に、感謝と合掌を贈りたい。





スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ_f0205783_13522356.jpg




でもって、ディテール好きにもたまらないつくり♪♪なのよね〜。
一見、それほど難しい事はしてない(ように見える)のに、組み方1つでこれだけ顔が変わる。もし煉瓦づくりの家を建てるなら参考にしたいくらいである(笑)

特に屋根!こんなクッキーあったよね?!と思うのはアタシだけ?
美味しそうな色(!!) といい、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家みたい(//∇//)





スティーロ1. 世界遺産候補?! カラブリアが誇る美しきカットーリカ_f0205783_13523476.jpg




実際、それはそれはキューとなサイズなのです。
しかもこ〜〜〜んな所に建ってるの!! (写真:Wikiより)

訪れた時は町外れにあるんだな〜くらいしか認識できなかったので、こんな写真見ると改めてビックリする。正面からしか入れない、見れないワケがわかったわ。

今も昔も地震が多い南イタリアの、ましてこんな場所に現存しているのは、厚さ70cmの鎧(壁)をまとっている、実は細マッチョだからかもしれないが、やっぱミラクルよね〜と、しみじみ思ってしまうのであった(>_<)//

Cattolica di Stilo
入場料:4€
4〜9月 9〜20時 10〜3月 10〜18時 最終入場は15分前まで
伊語・英語の音声ガイドあり( 3€ )



by 21giova | 2019-11-21 23:01 | ├ スティーロ | Comments(0)

レ・カステッラ 青き海に浮かぶ美しき城

レ・カステッラ 青き海に浮かぶ美しき城_f0205783_20335660.jpg




次の町に行く前にちっくら寄り道。サンタ・セヴェリーナから南下した Le Castellaという海岸線の町に、なんとも幻想的なお城〜Castello aragonese le castella があり、ひと目見た瞬間、行く行く行く〜〜!! と、恋に落ちゃったからだ。

前の投稿で、カラブリアの沿岸沿いには数え切れないほど城や要塞があったと書いたが、この城もその名の通り、アラゴン人が防衛のために築いたもの。こんな突端にあったら、さぞかし矢面に立たされだろうと思うが、それは遠い昔の話。

平和な今、その特異なシチュエーションゆえ、オヤジ度MAXなアテクシでさえ身をよじって悶えるほど美しい〜(//∇//) 青い海に浮かぶお姿は、イタリア屈指の“美城”と言っても過言ではあるまい。




レ・カステッラ 青き海に浮かぶ美しき城_f0205783_20543537.jpg




でね、決めてたんデス。ここでカラブリア初泳ぎをしよ〜と。
さらには、iPhoneに高価な防滴カバーをつけたからには海中撮影もしたかったのでアル(^^ゞ

ちゃんと泳げるアテクシですが、ぷぅぷぅ浮き輪を膨らませ、ザブンとプカプカ〜♪
海から見るとまんまインフィニティキャッスル。伊国のいろんな海に入ってきたけど、こんな贅沢な眺め、初めてデス♪

で、iPhoneは…というと、海中ではボタン押されへんや=ん!!と、アホな事に気が付き、プカプカ撮りだけして早々に断念。だって「肉眼」で見るこの景色の方が断然キレイなので、iPhone にうつつを抜かしてるなんて勿体ない!

海もたいへんキレイで、足元にピヨピヨ泳ぐ小魚がハッキリ見えるほど。
それもそのはず。この一帯はイタリア最大級の海洋保護区〜Area Marina Protetta Capo Rizzuto に指定されているからだ。

普通、こ〜ゆ〜場所は立ち入りが厳しく制限されているが、約40kmに渡る海岸線の中でガイドの引率が必要不可欠なエリアはごく限られており、残りは自由に出入りできるという、規制がゆるい希有な?!保護区になっている。だからこ〜して入れるワケで、オンシーズンともなるとパラソルの花が咲き乱れるほど(笑)




レ・カステッラ 青き海に浮かぶ美しき城_f0205783_22400730.jpg




と、お城と共に初泳ぎを楽しんだのだが………
まだ午前中で海が温まってなかったようで、美しい景色ほど水温はやさしくなく、実は唇青いよ?なサブイボ泳ぎであった(ガキんちょか〜いっ!!!)

そ〜ゆ〜時はコレっ!!!!
昨日、タンクからペットボトル(!!)に入れてもらった赤い液体の出番デス。
水温と反対に、毛布みたいにあったかい砂浜に座って飲む。これもまた至福なり。

アントニオもまさかこんな所で飲んでいようとは思わないだろ〜が(笑)
ありがとう〜〜リブランディ〜!!!




レ・カステッラ 青き海に浮かぶ美しき城_f0205783_22074775.jpg

お城とタツノオトシゴのロゴがカワイイ♪♪


海岸線の町はどこも小さく素朴で、キャンピング場や長期滞在用のレジデンスなどが点在。それでも数はそう多くない。例えば外国人も入り乱れて良くも悪くも大賑わいなトロペーアに比べると、ず〜っとのんびりできるだろうと思うと、実はとっても穴場エリアじゃないかと思った。たとえ喰っちゃ寝して海で過ごす、行動範囲500m以内な毎日になったとしても…だ(笑)

だからといってアクティビティがないワケじゃなく、オンシーズンには海底が見えるグラスボートが出たり、ガイドと一緒に潜れば、城の近くに沈んでいるという難破船の残骸やマリア像なども見れるらしい。きゃ〜!それってかな〜りステキ♪♪

…というのは後付けで知った事で、 この時はまだシーズンインしてなかったんだけど、お宿の資料でたまたま知って、それでも来てヨカッタ〜♪♪




レ・カステッラ 青き海に浮かぶ美しき城_f0205783_22392285.jpg



こっから別のオマケ話として……

実は城まで行く時、あんま道がわからんけど、こんな1本道やけど、ホンマにお城に辿りつくんかいな?と、結構アドベンチャーだった。

最近ようやくwifiをレンタルし、Googleマップをカーナビとして使うようになったけど、レンタカーで伊国を回り始めた2002年以来ず〜っと、この時も、地図といえばズバリ紙の地図を意味し、ミシュランのイタリア全土を網羅したロードマップが良き相棒だったからだ。

しかしこの地図、縮尺が小さいので、ローカルな地域のローカルな道を辿るのが難しい。しかもそ〜ゆ〜場所ばっか好んで行くから始末が悪い(笑) それでも道路標識を信じれば(!!)、大抵行きつくのだが、経験上、迷ってエライ事になるのがイヤなので、アタシはいつも自前の紙地図も用意する。

Googleマップ上で調べた小さな町への入り方や駐車できる場所、目当ての店などをメモと共にプリントアウトしていくのだ(意外に用意周到派(笑) これはGoogleマップなカーナビと併用してでも、今でも必ず用意する。特に最近読んだ記事に、うんうんと頷いてしまったので、城までの“これで大丈夫かロード”事件(!!)を思いだしたのだ。その記事はコチラ↓


GOD!!!ってくらい便利なツールだけど、Googleマップに頼りすぎるのも問題ってこと。ルート検索だって結構トンチンカンな時があるし、万が一、wifiやスマホが使えなくなったらど〜すんのさ?そんな時、大いに役に立つ紙の地図。それはまるで、出来は良いけど奔放な息子を見守る母のような存在。だからね、必要なんです。大事なんです。…と、思ってマス。

但し…この時のように突発的に行き先を変えると少々困る上に、エラソに言ってるわりにはだいたいアテクシ、あんまし地図が読めない人間なのだ(爆) だから「母」と共に助手席も大事なんだよなぁ〜(笑)







最後にもぅ1度、お城を思い出してもらうために貼っておこう♪♪





by 21giova | 2019-10-28 23:23 | ├ レ・カステッラ | Comments(0)

il-vento 2つめの別館デス♪本館に代わり、旅の記憶を辿ります。Copyright(C) Giova21. All Rights Reserved.


by 21giova
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る