
イタリアにおいて“チヴィタ”というと、
“死にゆく町”としてすっかりメジャーな存在になってしまったけど、
実際素晴らしい所で、
訪れた時は大いに感動したものだ。
そして、カラブリアにも“チヴィタ”という町がある。
シンプルにただチヴィタ。しかし特別なチヴィタが。
もっと特異な顔がこの町にはある。
冒頭写真の道路標識を見て欲しい。
イタ語の〈Civita〉の横に、見慣れぬ文字〈Çifti〉とある。
これは〈アルバニア語〉なのだ。
この町では公的な表記の全てに、イタリア語とアルバニア語が併記されている。
それは15世紀当時、地震で廃村のようになっていたこの地に、
オスマン帝国の支配から逃れたアルバニア人が辿り着き、自分たちの町として再建させたからだ。
“欧州の火薬庫”と言われる多難なバルカン半島(西部)に位置する。
ギリシャ正教とイスラム教の宗教対立も激しく、多くの難民がイタリア南部に渡ってきた。
時を経て、今ではイタリア人として生活をしているが、
その祖先はアルバニア人で、アルベレッシュ(arbëreshët )というコミュニティーの中で、
言語も含め、祖国の歴史や伝統を守り続けている人たち(地域)もある。
特に
カラブリア北部には、中世からの起源を持つアルバニア集落が数多く存在する。
その1つが、ここ、チヴィタなのだ。
その姿はもちろんフツ〜にイタリアの町の1つである。
人々も町の様子も何ら変わりはない。
がしかし、中世以来、山奥の小さな町で秘やかに護られてきた祖国の歴史は、
現代の本国アルバニアより、ずっと濃密で重いに違いない。
見慣れぬ文字が並ぶ2つの言語表記や、ひょんな拍子に、こんなモノを見つけると、
伊国ではないどこか遠くの町に来たような心持ちになる。
それが最も如実に表れていたのが教会だ。
実際はカトリックの教会なんだけど、
元来のアルバニア人の信仰〜ギリシャ・ビザンチン典礼に従い作られたそうで、
磔刑像の代わりにイコンが飾られていて仰天してしまった。
こんな合わせ技ってあり〜?!ってね。…あるんです…(笑)
とにかく、こんなの今まで見た事ありませんっ!!
だから他のカトリック教会では見られない不思議もいっぱいあって、
細部を観察すると、とても楽しく興味深い。
ギリシャ正十字はわかります。でも……
「米(コメ)」と「※」に見えるこの印は一体何なんでしょう?!
1度そう見えたら最後「米屋の前掛け」にしか見えなくなって、
神聖な空間で笑いを堪えるのに、大いに苦労したのであります(^^ゞ
豪華な金糸の刺繍で、ビザンチン紋様を華やかに取り入れた伝統衣装や、
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